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2013.08.21 過去のニュース

ナオコへの手紙 8

ナオコへの手紙                                 

浅香 洋一

小学生のとき、空き地の樹の上に、人一人が登れる板切れを渡し、展望台をつくりました。そして、枝を集めて、雨漏りがあたりまえの屋根をふき、「隠れ家」を作ったのです。つるをロープのかわりにして、木をつなぎ、家らしきものをつくる。今、思い出すとその体裁は、建物というよりは、藪そのもの……… だから、大人達も気付かなかったのかも知れません。僕達は、その、木の葉の蔭のつくるうす暗い「秘密の部屋」で様々な想像のつばさをひろげたのです。

どんぐりの実、道端でひろった白くて丸い石。そんなこんなが宝物。僕達は、シンドバットになったり、ターザンになったりしたのです。夢中になっての時は瞬く間に過ぎていきました。でも、「時」を毎日おしえてくれたものがありました。あるピアノの曲です。

夕方の5時半になると決まって、ピアノの音が風にのって耳にとどくのです。丘の上の赤いレンガの家。その白いカーテンのかかった二階の窓から、メロディーは聞こえてきます。僕はその音を聞くと帰り道を急ぐことにしていました。

幼年期の思い出は唐突にあらわれるものです。ここは、ヨーロッパの田舎町。遠くに白く光る氷河がみえています。ドイツ風の白い土壁に、花のあふれた窓、黒い木の梁と柱の家並みが続く石畳の街。ピアノの音が聞こえてきたわけではないのです。でも、夕暮れの細い街路に、かかとの叩く音が反響して、錯覚をおこさせたのかもしれません。よく見ると、石畳には幅2メートル程でしょうか、永遠に平行なと思わせる二本の轍が続いています。この道は「ローマン道路」。かつてローマの戦車が疾駆し、そして傷ついた戦士が遠い故郷の家に思いをはせ、振り返った道です。道を引き返すことは、時を振り返ること。暖かく、おだやかな丘で彼は自分の家族との再会を楽しむ。

――― 幻想、そうかもしれません。

しかし、やすらぎが故郷にあるのは確かでしょう。あの泥んこになって遊んだ雑木林から、僕はどこへ帰りたかったのでしょう。白いレースの窓の奥でピアノを弾いたことはありませんでしたか。

白い鍵盤におかれた、君の白い指。


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